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地域経済の未来を支える、“地域通貨”への挑戦 / フィノバレー代表 川田修平氏インタビュー(前編)

人口減少や地域経済の縮小、若者の都会への流出、そして地域コミュニティの希薄化——こうした課題が日本各地で深刻化する中、これに対する具体的な解決策を提案している企業がある。それが、株式会社フィノバレーだ。「地域通貨」を活用し、地域内でお金を循環させる取り組みを約7年前にスタートさせた。

この取り組みは、単なる経済活性化にとどまらず、地域経済とコミュニティを再構築する新たなモデルとして注目を集めている。そして、このプロジェクトを率いるのが、代表の川田修平氏だ。「社会に新しい価値を生み出す」という信念を胸に、反対意見や失敗に直面しながらも、地道な努力を重ね、地域に変化の兆しをもたらしてきた。

社会課題の本質を見据え、現状に挑み続けるフィノバレーと川田氏。その歩みの背景にある思いとは何なのか?地域通貨が生まれるまでの道のりと未来へのビジョンを、前後編にわたるインタビューで伺った。

▼前編(本記事)
「地域経済の未来を支える、“地域通貨”への挑戦  / フィノバレー代表 川田修平氏インタビュー(前編)」

▼後編
ローカルから未来を変える——フィノバレーが描く地域通貨の挑戦とビジョン / フィノバレー代表 川田修平氏インタビュー(後編)


統合的な視点で切り拓いた、自分らしいキャリアの軸

—— まずはじめに、川田さん自身のこれまでのキャリアについて教えてください。


大学受験の頃、父が建築士だった影響で建築に興味を持ち、志望していた大学を目指しましたが、第一志望には進学できず、東京の慶應義塾大学SFCに進学しました。就職活動の際はテレビ番組を作りたいという夢がありましたが、残念ながらその道には進めず、気持ちを切り替えてコンサルティングの仕事に就くことに。これまで数社で働いてきましたが、様々な仕事や人との出会いを通じて、多くの学びと充実感を得ることができたと思います。

—— 様々な分野での経験を経て、株式会社アイリッジに入社されたのですね。転職を決めた当時、どのような心境だったのでしょうか?


入社前はちょうど結婚したばかりで、将来の方向性について模索している時期でした。実は、アイリッジの創業社長が前職時代の同期だった縁で一度声をかけてもらったことがあったんですが、その時はまだ決心がつかず。ただ、その話がずっと心の片隅に残っていて…。その後に転職を決めたタイミングで再び思い立ち、アイリッジに入社することにしました。

入社を決めた時は、「先入観をなくしてとにかく何でもやってみよう」という気持ちで飛び込みました。あまり深く考えすぎず、目の前の選択肢をまず掴んでみようという思いが強かったです。その「まずは挑戦してみて、そこから判断すればいい」という考え方が、結果的にその後の選択肢を広げるきっかけになったと思います。

—— そのような行動力や決断力の背景には、どのような価値観や考え方があるのでしょうか?


大学時代、学部入学式で当時の学部長から「専門性を深めるだけでなく、幅広い知識を統合して物事を理解することの大切さ」を教わりました。例えば、動物の象という存在に対して、専門家は「皮膚が硬い」や「灰色だ」といった特性に注目しますが、社会ではむしろ全体像をぼんやりでも掴める人の方が役に立つこともある、という考え方です。

振り返ると、自分にはこの「統合的に考える視点」が性に合っていたんだと思います。転職経験や大学での学びを通じて、一つのことを極める以外のアプローチでも、自分らしい価値を見出せると気づけたのは大きな収穫でした。

革新を追い求めて——フィノバレー誕生の背景

—— アイリッジで新規事業に取り組まれていた際、様々な挑戦をされていたと伺っています。そうした経験を通じて、地域通貨という新しい分野に可能性を感じられるようになった背景やきっかけについて教えていただけますか?


当時はFinTech(フィンテック)が注目を集め、ブロックチェーン技術が話題になっていました。株式市場からもこうした分野への期待が高まっており、専用の会社を設立すれば経済的な成果が得られるのではという構想があったことが、大きな動機になりました。

その頃、アイリッジで新規事業を担当していて、「さるぼぼコイン*」の開発プロジェクトに関わっていたんです。このプロジェクトに対する世間の関心が非常に高く、問い合わせやメディアでの取り上げも増えました。その反響を目の当たりにし、地域通貨の可能性を強く感じるようになり、これをより多くの地域や人々の役に立つ仕組みとして展開したいと考えるようになりました。この思いを形にするため、会社を設立する決断をしました。

—— 川田さんが起業という道を選ばれる中で、決断に至る大きな転機となった出来事や思いにはどのようなものがあったのでしょうか?


特に深く考えたわけではないんです。ただ、前職のベンチャー企業に勤めている時に、今は大きくご活躍されている起業家たちと交流する機会も多かったですし、同僚たちが起業し頑張られている姿を間近で見ていました。その影響もあってスタートアップが身近で、烏滸がましくも「自分にもできるかもしれない」という感覚、正しくは錯覚もあったんです。あとは、以前勤めていた会社で子会社の社長を経験したこともあり、起業のハードルをそれほど高く感じなかったことも決め手の一つでした。
*岐阜県飛騨市、高山市、白川村で利用できる電子地域通貨のこと。地域経済の活性化や観光客向けの決済手段の多様化を目的とし、飛驒信用組合が2017年12月にサービスを開始。

—— 「フィノバレー」という会社名の由来を教えてください。


僕自身を自己分析すると、既存のヒエラルキーや伝統に対する反骨精神を心の深い部分に持っていて、新しい発想から新しい価値を生み出し、世の中に変化を起こすことに魅力というか憧れを感じていました。その思いを込めて、イノベーションを表す言葉を社名に取り入れました。「フィノ」は、フィンテックやファイナンスを掛け合わせた造語です。

「バレー」は、渋谷が「ビットバレー」と呼ばれていたことや、シリコンバレーが象徴するイノベーションのイメージから採用しました。メンバーと何度も議論を重ねた結果、最終的に「フィノバレー」という名前に決まりました。

地域通貨で社会を支える、フィノバレーの新たな挑戦

—— 地域通貨という新しい仕組みを導入する際、最初に取り組んだ具体的な課題や、「これが社会のためになる」と確信された瞬間について教えていただけますか?


前職で医療や介護といった分野に関わる中で、少子高齢化の進行や都会への人口集中による人口動態の変化に対する社会システムの歪みに関心を持つようになりました。特に、高齢社会における医療や介護の課題は非常に大きく、これらを解決することが自分の使命だと考えるようになったんです。

さらに、自分自身が子どもを授かったことで、未来の社会についてより深く考えるようになり、「僕たちの世代で何かできることをしたい」という思いが強くなりました。地域通貨の仕組みを活用すれば、地域内でお金を循環させ、東京への経済的な流出を抑えることができる。そう確信し、このプロジェクトに取り組むことを決めました。

—— 地域通貨を展開していく中で、最初に直面した壁や、それを乗り越えるきっかけとなった出来事について教えてください。


正直、課題は山積みでした。当初はシステムを販売するモデルを採用していましたが、それだけでは成功しないことが分かりました。地域で成果を上げるには正しい戦略と周りを巻き込んで遂行していく強力な運営チームが不可欠で、私たちが仕組みの推進に深く関わる必要があったんです。でも、それを実現するのは簡単ではありませんでした。

さらに、デジタル地域通貨という新しいチャレンジに対する反対意見や懐疑的な声も多く、地域の人々に理解してもらうには時間と努力が必要でした。そこで、地道なコミュニケーションを重ね、私たちの思いや姿勢を地域の方々に伝え続けたんです。その結果、少しずつ理解が深まったり、一生懸命やっている姿をみてくださったことによって信頼を得ていくことができました。

地域活性化の成功には、持続可能なビジネスモデルが不可欠

—— 社会課題解決に挑む中で、フィノバレーの理念やビジョンとして「これだけは妥協できない」と考えられている部分を教えてください。


新しいことをやること自体が目的ではなく、「新しい価値を生み出す」ことこそが重要
だと考えています。そこに対しては死ぬまでチャレンジしていきたいですし、この姿勢を共有できるチームを作り、社会に価値を生み出すことを最優先にしています。お金はその手段にすぎず、本質は社会課題に向き合い続けることです。社会課題は次々に生まれますが、その課題に向き合い続け、独自の視点で挑むチームでありたいですね。

—— 地域活性化や社会課題に取り組む中で、特に持続可能性の観点でどのような課題を感じていますか?また、今後どのように仕組みを広げていきたいとお考えですか?


経営は「サイエンス」「アート」「クラフト」のバランスで成り立つと考えています。この3つを組み合わせ、仮説を立てて一つずつ検証するプロセスを重視しています。また、フェアであることも重要です。例えば、Googleの無料検索のように、価値を提供しながら別の形で収益を上げるビジネスモデルには感銘を受けました。こうしたビジネスの透明性や公正さには大きな可能性を感じます。

地域活性化の分野では、純粋な思いで取り組む人が多い一方で、事業として成立ができず持続可能性に欠けてしまうケースが多々あります。例えば、私たちが協力している、江東区を中心に地元のNPO団体が取り組まれている「Table for Kids」の取り組みでも、必要な資金やリソースの確保にご苦労されている姿を目の当たりにすると、どんなに素晴らしい取り組みでも持続可能な状態にすることの難しさを痛感させられます。一方で、社会的な意義とは別に利益が上がりやすい分野に資本や才能が集中しているという現実もあります。この状況を変え、優秀な人材が地域や社会課題に本気で取り組める仕組みを作ること。それが、私たちの挑戦です。(後編へ続く)

後編▼
ローカルから未来を変える——フィノバレー代表 川田修平氏が描く地域通貨の挑戦とビジョン / インタビュー(後編)


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